大判例

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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)442号 判決

控訴人

早川善敏

右訴訟代理人

林貞夫

被控訴人

早川嘉計

被控訴人

早川斉員

被控訴人

早川嘉眞

被控訴人青柳孝夫

後継遺言執行者兼被控訴人

石原忠則

右被控訴人訴訟代理人

鬼丸かおる

被控訴人訴訟復代理人

青柳洋

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人と被控訴人早川嘉計・早川斉員・早川嘉眞・石原忠則との間において、亡早川米の昭和四六年六月二日午前九時四五分付遺言中遺言執行者を被控訴人石原忠則と指定するとの部分が無効であることを確認する。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ控訴人の負担とする。

事実

一  申立て

控訴代理人は

「一 原判決を取り消す。

二  被控訴人早川嘉計・早川斉員・早川嘉眞・石原忠則は控訴人に対し早川米の昭和四六年六月二日午前九時四五分付遺言が無効であることを確認する。

三  被控訴人石原忠則は右遺言を執行してはならない。

四  被控訴人早川嘉計・早川斉員・早川嘉眞、青柳孝夫は控訴人に対し、早川米が昭和四六年六月二日付甲府地方法務局所属公証人外山林一作成昭和四六年二一四五号公正証書によつてなした遺言が無効であることを確認する。

五  被控訴人青柳孝夫は右遺言を執行してはならない。

六  訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、

被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二 主張

当事者の主張は、左に記載するほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

1  控訴代理人

(一)  本件危急時遺言は相続分の指定の意思表示に外ならず、かつその効力発生につき条件を付さず、遺言の目的物の特定に欠けるのに対し、本件公正証書遺言は遺贈の意思表示であり、その効力発生を「亡米と控訴人及び早川善朗との間の土地所有権移転登記手続請求事件につき昭和四六年四月三〇日東京高等裁判所が言渡した判決が確定した場合」との停止条件にかからせ、遺贈の目的物の特定に欠けることはない。

このように同日になされた右両遺言が互に矛盾していることは、いずれの遺言も亡米の自発的意図によるものでなく、他の何びとかの計画的意図に出たことを示すものである。

(二)  亡米は本件危急時遺言の遺言書を作成したその日の午後三時ころ丹沢元徳及び被控訴人早川嘉計をして甲府家庭裁判所に確認の申立てをなさしめたのであるから、仮にこの遺言書の作成が亡米の眞意に出たものとしても、これにより遺言をなした目的を達成したものというべく、同日午後四時ころに至り再び本件公正証書遺言ををなすが如きは考えうべからざることである。このことからみても本件公正証書遺言は亡米の眞意ではなく、他の何びとかの意図によることが明らかである。

(三)  公証人外山林一は、被控訴人青柳孝夫が作成し、亡米の関知しない原稿を山梨中央病院入院中の亡米に読み聞かせ、「その通りである。」との陳述を得て、一旦公証役場に帰り、公正証書用紙に右原稿に従い、遺言文を記載し、これを亡米に再び読み聞かせて、本件公正証書を完成した。右は民法九六九条二号にいう「遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授」したこと及び同条三号にいう「公証人が遺言者の口述を筆記し」たことには該当しないこと明らかであつて、本件公正証書遺言は無効である。

2  被控訴代理人

控訴人の主張(一)は争う。両遺言には、後の遺言による一部訂正部分以外に矛盾はない。

同(二)は争う。遺言の確認は亡米の死後行われた。

同(三)は争う。控訴人主張の原稿は亡米の指示にもとづき被控訴人青柳孝夫が作成した。本件公正証書遺言はすべて民法九六九条の要件に合致している。

理由

一事実

〈証拠〉によると、次の事実を認めることができる。

1  控訴人早川善敏は、その父早川善助の死亡により、農地・山林・建物を含むその遺産全部を家督相続し、農業を承継したが、昭和二一年ごろ製材販売業をはじめ、これに専念した関係上、弟である被控訴人早川嘉計に農業をゆずることとし、昭和二五年一〇月ひとまず母である亡米に、相続した前記財産の一部である農地・山林・建物を贈与したものの、その旨の登記手続き等をせず、亡米から右不動産の所有権移転登記手続き等を訴求され、昭和四二年六月三日甲府地方裁判所で、昭和四六年四月三〇日東京高等裁判所でいずれも敗訴の判決を受け、上告した。

2  亡米は将来上告棄却の判決により右不動産所有権移転登記手続きを経てこれが名実ともに亡米の所有に帰したとしても、自己の死後その子である控訴人早川善敏と被控訴人早川嘉計との間に相続争いが起ることを懸念し、これを予防すべく、右控訴審判決直後の昭和四六年五月の連休あけ頃、被控訴人青柳孝夫(右事件における亡米の訴訟代理人弁護士)に対し、右東京高等裁判所の第二審判決が将来確定して係争不動産が亡米の所有名義に登記しうるようになることを条件として、亡米の死亡に伴い、

五男被控訴人早川嘉眞に甲府市古府中町字古屋敷所在の田約五反(一一筆)の所有権と同所所在のぶどう園約一反七畝(九筆、地目は田)の賃借権とを、

六男被控訴人早川斉員に同市緑ケ丘の畑約一畝二歩(一筆)の所有権を

長男控訴人に同市古府中町字大泉寺所在の畑約二反歩(一筆)の所有権を

被控訴人早川嘉計に残余の農地・山林・建物の所有権をそれぞれ遺贈する旨を、右甲府地方裁判所の判決書目録(右係争不動産の所在地・地番・地目・家屋番号・種類・面積等を明示してある。)によつて具体的に指示し、被控訴人青柳孝夫をしてこれをメモにとらせて、公正証書遺言作成手続きを委任し、被控訴人青柳孝夫の尽力により、同月二八日公証人の来訪を受けて公正証書遺言をなす手筈をととのえた。しかるに亡米はかねてから治療中の「がん」悪化し、同年六月一日甲府市所在山梨県立中央病院に入院するはこびとなつたので、右遺言書作成の日を同月五日に延期した。亡米は入院当日担当医師から遺言するなら早目の方がよい旨の助言を得て、直ちに遺言する旨決意し翌二日午前、旧知の中沢猛、中沢義弘、丹沢元徳に証人としての立会を得て、中沢猛に、自ら右不動産の所在字名・面積を挙げてその遺贈先を述べ、かつ遺言執行者を石原忠則と指定する旨口授し、中沢猛に筆記させ、作成日時を記入させ、同人をして亡米及び右証人らに読み聞かさせ、右証人から内容の正確であることの承認を得、病気のため自署できないので中沢猛に右遺言書に氏名を代書させて自ら指印し、右証人らも右書面に署名押印した。

3  被控訴人青柳孝夫は公証人外山林一に右メモを交付して遺言公正証書の作成を嘱託し、被控訴人早川嘉計の要請により、本件危急時遺言の作成されたことを知らず、右同日午後右公証人とともに右病院に至り、同公証人は被控訴人青柳孝夫及び丹沢元徳を証人として立会わせ、被控訴人早川嘉計を退室せしめ、亡米から右メモが同人の意思にもとづき作成されたことの確認を得た上、右メモを読み聞かせたところ、亡米からメモ中控訴人に遺贈すべき物として甲府市古府中町字大泉寺五〇八三番の六〇畑二反一九歩と指示してあるのを右土地中一反歩とし、被控訴人早川嘉眞に残余の一反一九歩を遺贈する旨改め、遺言執行者を被控訴人青柳孝夫と指定する旨の陳述を聞き、一旦公証役場に帰り、右陳述の趣旨に従い右第二審判決の確定を停止条件とする遺贈の公正証書原本等を作成し、同日夕刻再び亡米の許に至り、亡米及び右証人二名に右原本の全文を読み聞かせ、これらの者から筆記の正確なことの承認を得たが、亡米が病気の為自ら署名できないので、その事由を付記してその氏名を代書し、亡米の押印及び右証人二名の署名押印を経た上、自らもこれが民法九六九条所定の方式により作成された旨付記して署名押印した。

4  亡米は以上二つの遺言に際しその意味内容効果を十分に認識していたが、その直後から容態次第に悪化し同月七日死亡した。

本件危急時遺言につき、亡米死亡後甲府家庭裁判所の確認を得た。

前記東京高等裁判所判決はその後上告棄却により確定し、前記停止条件は成就した。

以上の事実が認められ、〈証拠判断略〉。

なお記録によれば、被控訴人青柳孝夫は、本件口頭弁論終結後である昭和五四年四月二二日死亡し、甲府家庭裁判所は同年六月一九日本件公正証書遺言の後継遺言執行者として被控訴人石原忠則を選任したことが認められる。

二考察

1  右事実によると、亡米は本件各遺言当時いずれも遺言をなす能力を有し、かつ右各遺言はいずれもその真意にもとづくものというべきである。

2  亡米が被控訴人青柳孝夫に公正証書遺言手続きを委任しながら、同人に無断で本件危急時遺言に及んだのは、亡米が医師の助言により自己の生命に懸念を感じ、公証人の来訪をまつことなく、自ら意識の明確なうちに遺言を遂げたいと願うあまりの所為と考えられる。亡米はその直後公証人の来訪を受け、直前に本件危急時遺言をすませたとはいえ、かねて被控訴人青柳孝夫に委任していた関係上、弁護士と公証人という専門家の手による一層確実な公正証書遺言を拒む理由はなく、これを行つたとみられる。この間に亡米の意思決定に不法な影響が及んだとは認められない。

3  被控訴人青柳孝夫が亡米の意思にもとづき作成したメモを右公証人が亡米に読み聞かせ、同人から一部訂正の上相違ない旨の陳述を聞いて、これを公正証書原本に記載した以上、民法九六九条二、三号にいう遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授し、公証人がこれを筆記するとの要件を充足したというべきである。

4  右両遺言をみると、いずれも亡米が不動産を関係者に遺贈するとの趣旨に帰着し、本件危急時遺言のみを相続分の指定と解さなければならない根拠はない。

本件公正証書遺言は前記東京高等裁判所判決の確定を停止条件として明示するが、本件危急時遺言にはその明示を欠く。しかし遺言をなすに至つた前記の事情から考えれば、これまた同様の停止条件が付されたと解すべきことは明白である。

本件危急時遺言は遺贈不動産を示すのに所在地字名およびその面積を示すにとどまり、その地番等を明示していないが、これが控訴人早川善敏が家督相続したもののうち亡米に贈与した財産のすべてであることは関係者間に明白であつて、これにより対象不動産は特定されたというべきである。そして両遺言を比較すれば、本件公正証書遺言は本件危急時遺言に示された遺贈不動産の表示をより明細にしたものであつて、前記畑一反一九歩の帰属先との遺言執行者の指定を除き趣旨同一に帰すると解される。

よつて本件危急時遺言のうち甲府市古府中町字大泉寺五〇八三番の六〇畑二反一九歩の内一反一九歩を控訴人に遺贈するとの趣旨に帰着する部分及び遺言執行者に被控訴人石原忠則を指定するとの部分は本件公正証書遺言により撤回されたとみるのを相当とする。

しかし右両遺言の無効確認を求める趣旨は、各遺言に示された遺贈により生ずべき法律関係の不存在確認を求めるにあると解すべきところ、控訴人に不動産を遺贈するとの部分の無効確認の請求は、結局右不動産が控訴人の所有に属しないとの自己に不利益な事項の確認を求めるに帰着し、かゝる確認請求は確認の利益を欠く。

5  被控訴人石原忠則に対し本件危急時遺言を執行しない旨の不作為を求める請求につき検討すると、相続人は表見遺言執行者に対し前記遺言中遺言執行者指定部分の無効確認を求めることによりその職務執行を中止させるの外なく、進んでかような不作為を求める請求権を認めるに足りる法律上の根拠を欠く。

さらに右請求を、右被控訴人の遺言執行による控訴人の相続財産持分権妨害を右持分権にもとづき排除ないし予防する趣旨であると解するにしても、同被控訴人が本件危急時遺言の遺言執行者の職務を行い又は行うおそれありと認めるに足りる証拠がないから、右請求は理由がない。

6  以上考察のとおり本件危急時遺言のうち遺言執行者を被控訴人石原忠則と指定する部分は、本件公正証書遺言により撤回されたから、その無効確認を求める控訴人の請求は理由があるが、本件危急時遺言のうち控訴人に甲府市古府中町字大泉寺五〇八三番の六〇畑二反一九歩を遺贈する趣旨に帰着するとの部分及び、本件公正証書遺言中右畑の内一反歩を遺贈するとの部分の確認請求は確認の利益を欠き、右両遺言中その余の部分の無効確認請求、遺言執行者の職務執行禁止請求は理由がなく、いずれもこれを棄却すべきである。

よつてこれと異なる原判決を変更し、訴訟費用は第一、二審を通じ控訴人に負担させるのを相当として主文のとおり判決する。

(川島一郎 沖野威 手代木進)

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